2008年01月30日

今年の記事

今年初の記事は、少し明るいことが書けるように、「ジョージ・クルーニーさんのダルフール情報」などを書こうか、としているうちに、ソマリアでまた悲しい事件が起きました。
心より追悼させていただきます。

そもそもこういう事件は辛いものが多いのですが。
気をとり直して、今年は再度、ダルフール、なんとかつないでいこうと思います。

今年に入ってからのソマリア情報、大津さんがしっかりとつないでくれています。
ありがとうございます!とスタッフにお礼を言っちゃうのもヘンかもしれませんが。こうして皆さんがやっていってくださるのが理想です ! アフリカ・ラティーナもお陰でなんとかつないでいきます。
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ソマリア:MSFスタッフ3名が深刻な事件に巻き込まれ死亡

情報発信日 2008年01月29日
国境なき医師団(MSF)は、スタッフ3名が1月28日の朝、ソマリアのキスマヨにおいて、MSFが活動する病院からほど近い場所で殺害されたことに対し、深い悲しみを表明する。  

犠牲となったのはケニア人医師とフランス人ロジスティシャン(物資調達管理調整員)、そしてソマリア人運転手である。外科医のヴィクター・オクム医師(51)はスーダンのダルフール地方やシエラレオネなどで、数度にわたりMSFの活動に参加した。ロジスティシャンのダミアン・ルアール(27)はMSFの活動に参加するのは2度目で、ビランはソマリア人運転手だった。チームの他のスタッフ1人が軽傷を負った。続きを読むhttp://www.msf.or.jp/2008/01/29/5992/msf3.php

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2008年01月23日

ソマリア:新政府がモガディシオ入り

2008120日 Garowe Online記事参照】  

 ソマリアの新首相、ヌール・アッデ・ハッサン・フセインと最近承認された閣僚を乗せた民間機が、日曜、モガディシオのアダン・アッデ国際空港に降り立ち、正式に新政府が首都へと移った。

  ヌール・アッデ首相と22人の代表団は、今日、モガディシオから北西に250km離れており、首相が昨年11月に任命されて以来滞在し続けていたバイドアを発った。

 首相の内閣は、今月、ソマリアの国会議員によって承認された。新内閣では、閣僚ポストが
31から18に減らされ、9人の大臣が議会外から選ばれた。

 ソマリア政府関係者、エチオピアとアフリカ連合(
AU)の軍関係者は、空港で新首相を出迎えた。

 ヌール・アッデ首相は、モガディシオに来れて「非常に嬉しい」と語った。

 首相は、自らの指導者としての地位に言及しながら、「これが重責であることを皆が理解しており、非常に重大な時期に私に与えられた」と語った。
  
 首相は、治安を回復し、国民和解を推進し、報道の自由を守るために懸命に働いていくと語った。
  
 首相は、暫定連邦政府が依拠しており、ソマリアの様々な氏族集団の間で政治権力を配分することを目指した氏族に基いた統治システムである
4.5方式を変えていくと楽観的に語った。
  
 ヌール・アッデ首相は、氏族に根差した政府構造をあらゆるソマリア人にとって平等な新たなシステムに変えていく複数政党システムを打ち立てることが新政府の政策であるとした。
  
 モガディシオのモハメド・ディーレ市長、国家警察長官のアブディ・ケイブディード将軍、情報局長官のモハメド・ダルウィシュ、エチオピアと
AUの軍司令官は、新首相と彼の率いる新政府を空港で出迎えた。
  
 代表団は、その後、大統領官邸であるヴィラ・ソマリアへと移動した。
  
 首相がヴィラ・ソマリアに到着した直後、少なくとも
5発の迫撃砲が官邸内外に落ち、兵士1人が負傷した。
  
 モガディシオは、この
1年、国中で政治的支配をめぐって争う反乱軍とエチオピア軍の支援を受けた政府治安部隊との間での戦闘に苛まれた。
  
 国連と援助機関の見積もりによれば、この武力衝突により、
6千人以上が死亡し、モガディシオの人口の半数が避難した。
  
 任期が来年終わるヌール・アッデ首相の政府は、治安問題に対処し、
2009年の総選挙の前に再建への取り組みを開始していかなければならない。
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2008年01月14日

ソマリア:大統領と分離独立派のソマリランド指導者が飛行機に同乗

200817日 Garowe Online記事参照】  

 ソマリアの暫定政府大統領、アブドゥッラーヒ・ユスフ・アフメッドと、分離独立を唱えるソマリランドの指導者、ダーヒル・ラヤーレ・カーヒンが、土曜日、ロンドンへ向かう飛行機に同乗した。
 

 この2人がイギリスへのフライトの間に会話を交わしたかどうかは確認されなかったが、ユスフとラヤーレとそれぞれの代表団は、アディス・アベバからのエチオピア航空機のファースト・クラスの12席を占めた。

  アディス・アベバのエチオピア政府情報筋は、ロンドンへの共通のフライトは事前に計画されたものではなかったとガロウェ・オンラインに語った。

  先週、ユスフとラヤーレは、メディアを通じて相互に非難し合った。

 
 ソマリアのユスフ大統領は、ソマリランドの部隊が、自分の故郷であるプントランドから10月に奪ったスール地方から撤退することを要求した。

 
 ラヤーレは、ユスフの要求に対して、ソマリア大統領は皆に脅威を与えるのを好む人間だと非難し、スールからの撤退を全面的に拒否した。

 
 ユスフは、治療を続けるためにロンドンへ向かったが、ソマリランドのラヤーレは、1991年の独立宣言以来、承認されていないソマリア北部の分離独立の外交的承認を呼びかけるための外遊の一部としてロンドンへ行った。

 
 2人のライバルは、互いの政府を承認していない。ユスフはソマリランドを自分が支配するソマリア内の一地方と見なしているが、ラヤーレはユスフの権威を認めていない。

 
 最近、ラヤーレは、エチオピアのソマリアへの介入は支持するが、ユスフの暫定政府は承認しないとラジオ局に語った。

 
 エチオピアは、200612月に、ユスフの政府が首都モガディシオからイスラーム主義反乱勢力を追放するのを助けるためにソマリア南部に部隊を送った。
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2008年01月05日

ソマリアの暫定指導者が倒れる

200814 BBC “Somali Interim Leader Collapses”

 ソマリアのアブドゥッラーヒ・ユスフ暫定大統領が病に倒れ、治療のため隣国のエチオピアへ運ばれた。
 
 BBCのユスフ・ハッサン・ムルサルによれば、72歳のユスフ暫定大統領は、金曜日の朝、暫定連邦政府が拠点を構えるバイドアで倒れた。
 
 ヌール・ハッサン首相は、ユスフ暫定大統領の容態は深刻ではないとしたが、側近はそれに反することを述べた。

 
暫定大統領は、14年前に肝臓移植を受け、先月は気管支炎を患ってケニアの病院に入院した。
 
 エチオピアは、
1年前、ソマリアの暫定連邦政府が、半年にわたってソマリア南部の大部分を支配したイスラーム法廷連合を打倒するのを助けた。
 
 それ以来、暫定連邦政府は首都モガディシオで反乱軍と戦闘を繰り広げてきた。
 
 国連によれば、首都モガディシオの住民の60%がここ数ヶ月の戦闘により避難を余儀なくされた。
posted by M.I at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | アフリカ / ソマリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする