仏ルモンド紙が7月2日に報じたところによると、1994年のルワンダ大虐殺の指導者であるフツ族が支配するルワンダ政府を、フランスが支援し、さらには虐殺に至る兆候を3年以上も前から知りつつそれでも武器の供給を続けていたことを示す外交文書が見つかった。1994年、ルワンダでは100日間で100万人の犠牲者が出たといわれている。13年を経た現在でもなお犠牲者の遺体が次々と発見される中、新たな「発見」となった。 これは、虐殺の生存者であるツチ族の市民が仏駐留軍を相手に「人道に対する罪」「ジェノサイドの罪」を理由に‘05年に仏軍事裁判所に提訴したことを受け、予審判事が捜査した結果明らかになった。
それによると‘90年10月以降、フランスの駐ルワンダ武官はフツ族とツチ族の対立の高まりを本国へ再三警告し、「組織化されたフツ族農民がツチ族狩りにかり出されている事実」「大量殺害が一部で始まった」などの報告が続いている。また93年、駐ルワンダ大使は「ツチ族に対する民族浄化が計画されている」ことも指摘。しかしツチ族主導の反政府勢力「ルワンダ愛国戦線(RPF)」に対抗するために、当時のフツ族主体の政府が、フツ族支援強化をミッテラン大統領に求め、それに応じた仏政府は‘92年以降武器の供給を増やし続けた。(「ホテル・ルワンダ」や、「ルワンダ虐殺の100日」などでも赤いベレー帽のフランス政府軍と、ルワンダのフツ族主導の政府軍がジープに同乗したり、行動を共にするシーンなどが描かれている)
フランス政府は虐殺に関する責任を否定しているが、今回文書が発見されたことで当時のジュペ元外相やジョクス元国防相、ペドリヌ元大統領府事務総長らが証人喚問を求められている。
一方、フランス捜査当局は‘04年にルワンダ大虐殺の責任が当時RPFを統率していたポール・カガメ現ルワンダ大統領にあるという報告をまとめたため、これに反発したルワンダ政府は‘06年にフランスとの国交を断絶し、現在に至っている。
7月4日朝日新聞他、参照 編集・africa-latina/玉川智絵子 & Mii

